裕太との歩み

  1. 第9話 いじめを知った日 〜親になって初めて分かった気持ち〜

    市立小学校と盲学校の二重生活。家族みんなで支えながら、裕太は少しずつ成長していました。友達もでき、学校の話もしてくれる。親としては順調に学校生活を送っているものだと思っていました。しかし、それは私たちの思い込みだったのかもしれません。

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  2. 第8.5話 妹・彩音の誕生 〜家族が4人になった日〜

    裕太が生まれて2年後、我が家に新しい家族が増えました。3086gの元気な女の子。妹の彩音です。振り返ると、裕太の出産は緊急帝王切開でした。母子ともに大変な状況だったこともあり、周囲からは次の出産を心配する声もありました。

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  3. 第8話 市立小学校と盲学校の二重生活 〜家族みんなで走った日々〜

    盲学校との出会いによって、新しい一歩を踏み出した裕太。私たち家族は話し合いを重ねた結果、裕太を地元の市立小学校へ通わせながら、週に一度盲学校で専門的な教育を受ける道を選びました。今振り返ると、この選択は決して簡単なものではありませんでした。

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  4. 第7話 盲学校との出会い 〜新しい世界への第一歩〜

    障害者手帳4級を取得し、弱視という現実と向き合い始めた私たち家族。裕太は元気に成長していましたが、親としての悩みは尽きませんでした。一番の不安は、やはり教育でした。「この子はどんな学校に通うのが一番良いのだろう」それが夫婦共通の悩みでした。

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  5. 第6話 弱視と向き合う日々 〜障害者手帳4級を取得するまで〜

    保育器での88日間。未熟児網膜症の治療。そして無事に迎えた退院の日。私たち家族は、「これからは普通の子と同じように成長してくれるだろう」と願っていました。しかし、定期的な眼科検診を続ける中で、少しずつ現実が見えてきました。

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  6. 第5話 保育器での3か月から退院へ 〜家族がそろった日〜

    1992年9月29日。体重1240gで生まれた裕太は、保育器の中で人生のスタートを切りました。極低出生体重児として生まれ、呼吸の管理や栄養管理が必要な毎日。さらに未熟児網膜症の治療もあり、私たち家族にとって不安の連続でした。

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  7. 第4話 手術の日 〜網膜光凝固術を受けた小さな勇者〜

    未熟児網膜症の進行が確認され、久留米大学病院で治療を受けることになった裕太。医師から説明を受けた結果、**網膜光凝固術(レーザー治療)**を行うことが決まりました。生まれてまだ数か月。

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  8. 第1話 1240gで生まれた息子 〜小さな命が教えてくれたこと〜

    1992年9月29日。私たち夫婦に待望の長男が誕生しました。しかし、その誕生は喜びと同時に大きな不安から始まりました。息子・裕太は妊娠8か月での緊急帝王切開により生まれました。体重はわずか1240g。身長は38.4cm。

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  9. 第3話 未熟児網膜症と診断されて 〜見える未来を信じて〜

    88日間の保育器生活を乗り越え、1992年12月26日に無事退院した裕太。体重も2776gまで増え、ようやく家族3人での生活が始まりました。私たち夫婦は、「小さく生まれたけれど、ここまで育ってくれた」という安心感でいっぱいでした。

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  10. 第2話 極低出生体重児からの生還 〜88日間の保育器生活〜

    前回お話ししたように、息子・裕太は1992年9月29日、体重1240gの極低出生体重児として生まれました。生まれてすぐに保育器へ。私たち夫婦は、いつ抱っこできるのかも分からないまま、不安な日々を過ごしていました。

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