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第7話 盲学校との出会い 〜新しい世界への第一歩〜

第7話 盲学校との出会い 〜新しい世界への第一歩〜

障害者手帳4級を取得し、弱視という現実と向き合い始めた私たち家族。

裕太は元気に成長していましたが、親としての悩みは尽きませんでした。

一番の不安は、やはり教育でした。

「この子はどんな学校に通うのが一番良いのだろう」

それが夫婦共通の悩みでした。


初めて聞いた「盲学校」という選択肢

当時の私は、正直なところ盲学校についてほとんど知識がありませんでした。

「目が見えない子が通う学校」

その程度の認識だったと思います。

しかし眼科の先生や福祉関係の方から話を聞く中で、弱視の子どもたちも学んでいることを知りました。

そして何より驚いたのは、

一人ひとりの見え方に合わせた教育が行われていることでした。


見学で感じた安心感

実際に盲学校を訪問した時のことを今でも覚えています。

先生方はとても親身でした。

施設も子どもたちが安全に生活できるよう工夫されていました。

そして何より印象的だったのは、そこに通う子どもたちの明るい表情でした。

私たちはどこかで、

「視覚障害があると不自由な人生になる」

と思い込んでいたのかもしれません。

しかし実際は違いました。

みんな自分らしく学び、友達と笑い合いながら生活していました。


同じ悩みを持つ親との出会い

盲学校を通じて、多くの保護者とも出会いました。

同じように不安を抱え、

同じように悩みながら子育てをしている親御さんたちでした。

「うちも最初は不安だったよ」

「大丈夫、子どもは親が思うより強いから」

そんな言葉に何度も励まされました。

今まで私たち家族だけで悩んでいたことが、決して特別なことではないと知ったのです。


裕太の反応

当の本人はというと、意外なほど自然でした。

先生に話しかけられれば笑顔で返事をする。

教室を興味深そうに見ている。

親の方が不安になっているだけで、裕太自身は新しい環境を素直に受け入れているようでした。

子どもの順応力には本当に驚かされます。


新しい世界への第一歩

盲学校との出会いは、私たち家族にとって大きな転機になりました。

視覚障害があるからできないことを考えるのではなく、

どうすればできるようになるかを考える。

そんな前向きな考え方を学んだのも、この頃だったと思います。

そして裕太は、小学校進学後、

市立小学校に通いながら、毎週木曜日は盲学校へ通う生活を始めることになります。


家族みんなで走った日々

ただ、そこには大きな課題もありました。

盲学校までは片道約1時間。

往復すると約2時間。

送迎は家族の役目です。

仕事との両立。

家族の時間。

決して楽な道ではありませんでした。

それでも、

「裕太のためなら」

という思いで家族全員が協力していました。

祖父母も支えてくれました。

まさに家族総出の子育てでした。


振り返って思うこと

もしあの時、盲学校と出会っていなかったら。

もし私たちが不安だけで選択肢を狭めていたら。

裕太の人生は違ったものになっていたかもしれません。

人生には出会いがあります。

人との出会い。

環境との出会い。

そして可能性との出会い。

盲学校との出会いは、間違いなく裕太にとっても、私たち家族にとっても大切な出会いでした。


次回予告

市立小学校と盲学校。

二つの学校を行き来する生活が始まった裕太。

そこには家族の努力と、たくさんの支えがありました。

次回、

「第8話 市立小学校と盲学校の二重生活 〜家族みんなで走った日々〜」

送迎往復2時間、家族総出で支えた小学校時代のお話です。

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