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6.212026
第6話 弱視と向き合う日々 〜障害者手帳4級を取得するまで〜

第6話 弱視と向き合う日々 〜障害者手帳4級を取得するまで〜
保育器での88日間。
未熟児網膜症の治療。
そして無事に迎えた退院の日。
私たち家族は、「これからは普通の子と同じように成長してくれるだろう」と願っていました。
しかし、定期的な眼科検診を続ける中で、少しずつ現実が見えてきました。
見えているけれど、見えにくい
裕太は物を目で追います。
私たちの顔を見て笑います。
おもちゃにも興味を示します。
その姿を見る限り、「見えている」と思っていました。
ところが検査を重ねるうちに、視力には大きな影響が残っていることが分かってきました。
未熟児網膜症の後遺症により、視力が十分に発達していなかったのです。
「将来、どのくらい見えるのですか?」
親として一番知りたかったこと。
それは将来の見え方でした。
病院で先生に尋ねても、
「成長を見ながら判断していきましょう」
という答えでした。
当然です。
幼い子どもの視力は成長とともに変化します。
しかし親としては不安になります。
学校はどうなるのか。
スポーツはできるのか。
将来仕事に就けるのか。
考え始めるとキリがありませんでした。
弱視という現実
成長するにつれ、裕太自身も見えにくさを抱えるようになります。
遠くのものが見えにくい。
小さな文字が読みにくい。
周囲の子どもたちとは少し違う。
そんな現実が少しずつ見えてきました。
それでも本人は文句を言いません。
与えられた環境の中で工夫しながら過ごしていました。
今思えば、この頃から我慢強い性格だったのかもしれません。
障害者手帳4級の取得
何度も検査を重ねた結果、
裕太は視覚障害として障害者手帳4級を取得することになりました。
当時の視力は、
右目0.2、左目0.04
でした。
手帳を受け取った日。
正直、複雑な気持ちでした。
親としては、
「手帳が必要ないくらい回復してほしかった」
という思いもありました。
しかし一方で、
「これが今の裕太の現実なんだ」
とも思いました。
現実を受け入れるということ
障害者手帳を取得したことで、急に何かが変わるわけではありません。
裕太は裕太です。
元気に笑い、遊び、成長していました。
それでも親の気持ちとしては、一つの区切りだったように思います。
「治ることだけを願う」のではなく、
「この子が幸せに生きていく方法を考えよう」
そう考えるようになりました。
教育への不安
視力に障害があると分かったことで、次に考えたのは教育でした。
普通の小学校へ進学できるのか。
盲学校へ通った方が良いのか。
どんな支援を受けられるのか。
夫婦で何度も話し合いました。
そしてその中で出会うことになるのが、
私たち家族の人生を大きく変える存在でした。
盲学校との出会い
視力の問題は避けて通れません。
しかし同時に、
同じような悩みを抱える家族がいることも知りました。
情報を集める中で、私たちは盲学校という選択肢に出会います。
当時は不安の方が大きかったのですが、結果的にはこの出会いが裕太の未来を大きく広げることになるのでした。
次回予告
視覚障害という現実を受け入れ始めた私たち家族。
そして新たな一歩となった盲学校との出会い。
次回、
「第7話 盲学校との出会い 〜新しい世界への第一歩〜」
裕太の未来を変えた大切な出会いについてお話しします。
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