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第4話 手術の日 〜網膜光凝固術を受けた小さな勇者〜

第4話 手術の日 〜網膜光凝固術を受けた小さな勇者〜

未熟児網膜症の進行が確認され、久留米大学病院で治療を受けることになった裕太。

医師から説明を受けた結果、**網膜光凝固術(レーザー治療)**を行うことが決まりました。

生まれてまだ数か月。

ようやく退院して家族との生活が始まったばかりの息子が手術を受けることになるとは、想像もしていませんでした。


手術前日の眠れない夜

手術の日が近づくにつれ、不安は大きくなっていきました。

「本当に大丈夫なのだろうか」

「視力は守られるのだろうか」

そんなことばかり考えていました。

妻も同じ気持ちだったと思います。

しかし親が不安な顔をしていても何も変わりません。

私たちは、

「先生を信じよう」

そう何度も言い聞かせていました。

それでも手術前日の夜はなかなか眠れませんでした。


小さな体で挑む大きな試練

手術当日。

病院の待合室で裕太を抱いていた時のことを今でも覚えています。

体はまだとても小さく、抱き上げると軽すぎるほどでした。

そんな小さな体で手術を受けるのです。

親として代わってやれるものなら代わってやりたい。

そう思いました。

しかし現実には見守ることしかできません。


手術室へ向かう背中

看護師さんに抱かれ、手術室へ向かう裕太。

その姿を見送りながら、

「頑張れ」

と心の中で何度もつぶやきました。

本人は何が起きているのか分かっていなかったかもしれません。

しかし私たち夫婦にとっては、とても長い時間でした。

時計を何度見たか分かりません。

待合室でただ祈り続けるしかありませんでした。


手術成功

しばらくして医師から呼ばれました。

そして、

「無事に終わりました」

という言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けました。

今でもその時の安堵感は忘れられません。

妻も涙を浮かべていました。

大きな手術ではないと言われても、親にとっては人生で最も長い時間の一つだったと思います。


それでも残った視力への不安

手術は成功しました。

しかし、それで全てが解決したわけではありません。

視力がどの程度残るのか。

将来どのような生活になるのか。

その時点では誰にも分かりませんでした。

定期的な検査は続きます。

不安がなくなったわけではありません。

それでも、

「今できることはやった」

という気持ちはありました。


小さな勇者が教えてくれたこと

保育器生活。

未熟児網膜症。

そして網膜光凝固術。

生後わずか数か月の間に、裕太は多くの試練を乗り越えました。

何も知らずに眠る息子の顔を見ながら、

「この子は本当に強い子だな」

そう思ったことを覚えています。

親である私たちの方が、息子から勇気をもらっていたのかもしれません。


次回予告

保育器での88日間、そして手術を乗り越えた裕太。

ついに家族みんなで過ごせる日々が始まります。

次回、

「第5話 保育器での3か月から退院へ 〜家族がそろった日〜」

退院の日の喜びと、新しい生活のスタートについてお話しします。

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