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最終話 小さな命が教えてくれたこと 〜1240gから始まった家族の物語〜

最終話 小さな命が教えてくれたこと 〜1240gから始まった家族の物語〜

1992年9月29日。

1240gで生まれた息子。

保育器の中で始まった人生でした。

生後88日間の保育器生活。

未熟児網膜症。

弱視。

障害者手帳。

いじめ。

大分への転勤。

寄宿舎生活。

大学進学。

社会人。

そして睾丸がん。

振り返ると、本当にたくさんの出来事がありました。


「大丈夫かな」の連続だった

親になってからの私は、

「大丈夫かな」

の連続だったように思います。

ちゃんと育つだろうか。

学校生活は大丈夫だろうか。

友達はできるだろうか。

就職できるだろうか。

病気は大丈夫だろうか。

いつも心配ばかりしていました。

しかし、そのたびに裕太は私たちの予想を超えてきました。


私たちが支えていたつもりだった

ずっと親として思っていました。

裕太を支えなければ。

守らなければ。

助けなければ。

そう思って生きてきました。

しかし今になって思うのです。

本当に支えられていたのは私たちの方だったのかもしれないと。

どんな困難にも前を向く姿。

人を恨まない心。

愚痴を言わず努力する姿。

その姿に何度も勇気をもらいました。


社会人10年目を迎えて

現在、裕太はリコージャパンで働いています。

入社当初は総務部に配属されました。

その後、配置転換も経験しました。

パソコンスキル向上のための試験にも合格し、今では営業サポートチームの一員として責任感を持ちながら日々の仕事に取り組んでいます。

社会人になったばかりの頃は心配もありました。

それでも一歩ずつ経験を積み重ね、自分の居場所を作ってきました。

そして今年の2月。

勤続10年を迎えました。

会社からはリフレッシュ休暇5日間と金一封をいただいたそうです。

親として本当に嬉しい出来事でした。


カメラという新しい楽しみ

裕太の趣味はカメラです。

弱視でありながら、右眼を使って器用に撮影します。

特に風景写真が好きなようです。

空。

海。

山。

街並み。

その時々の景色を写真として残しています。

私はその写真を見るたびに思います。

見えにくいからこそ見える景色もあるのかもしれないと。


47都道府県を巡る夢

そんな裕太には夢があります。

日本全国47都道府県を旅すること。

そして各都道府県ごとの風景写真を撮影し、

47個のフォルダーを完成させること。

実に裕太らしい夢だと思いました。

競争でもありません。

誰かと比べるものでもありません。

自分のペースで、一歩ずつ叶えていく夢です。


父と息子の旅行

今年、勤続10年のリフレッシュ休暇を利用して、

私もその夢のお手伝いをしました。

二泊三日で大阪、京都、奈良へ。

父と息子の旅行です。

観光地を歩きながら写真を撮る裕太。

その姿を見ながら、

「本当に大人になったな」

と思いました。

保育器の中にいた小さな命が、

今では自分の夢を持ち、自分の足で人生を歩いています。


私も人生を楽しもう

62歳になった今。

私はふと思うようになりました。

人生は思い通りにならないこともあります。

病気もあります。

悩みもあります。

不安もあります。

それでも前を向いて歩いていけば、必ず新しい景色が見えてくる。

それを教えてくれたのは裕太でした。

だから私も人生を楽しもうと思います。

家族との時間を大切にしながら。

孫の成長を楽しみながら。

新しいことに挑戦しながら。

そして時々は裕太と一緒に旅をしながら。


1240gで生まれた息子へ

裕太。

あなたが生まれた日のことを、私は今でも覚えています。

小さな体で一生懸命生きようとしていた姿を。

そして今も、あなたは変わらず前を向いて歩いています。

父親として誇りに思います。

生まれてきてくれてありがとう。

たくさんのことを教えてくれてありがとう。

この物語は終わります。

でも、私たち家族の人生はこれからも続いていきます。

また新しい思い出を作りながら。

笑顔で前を向いて。


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