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第17話 睾丸がんとの闘い 〜再び訪れた家族の試練〜

第17話 睾丸がんとの闘い 〜再び訪れた家族の試練〜

未熟児として生まれ、視覚障害を抱えながらも前向きに人生を歩んできた裕太。

大学を卒業し、社会人として働き始め、少しずつ自分の人生を築いていました。

そんなある日。

再び家族に試練が訪れます。


一本の電話

2021年3月。

裕太から電話がかかってきました。

「今、大丈夫?」

普段は必要な時しか連絡してこない息子です。

何となく嫌な予感がしました。

「どうした?」

そう聞くと、

「話したいことがある」

少し落ち着いた声でした。


睾丸がんの疑い

裕太は話し始めました。

「実は睾丸が片方腫れていて、泌尿器科に行ったんだ」

検査の結果、埼玉病院を紹介され、さらに精密検査を受けたそうです。

そして医師から、

「睾丸がんの可能性があります」

と説明を受けたと言うのです。

さらに、

「手術を勧められています」

とのことでした。

私は一瞬言葉を失いました。

しかし親が動揺しても仕方ありません。

「分かった。飛行機を取るから手術日を教えてくれ」

そう伝えました。


母親の涙

すぐに妻へ連絡しました。

状況を説明すると、妻は大きなショックを受けていました。

そして裕太に電話をしたそうです。

「ごめんね・・・お母さんのせいで・・・」

泣きながら話したと言います。

すると裕太は、

「障害のことも病気のことも、お母さんを恨んだことなんて一度もないよ」

そう答えたそうです。

親として胸が締め付けられる言葉でした。


父と息子の前夜

手術のため埼玉県和光市へ向かいました。

久しぶりに会った裕太は、いつも通りでした。

むしろ私の方が拍子抜けするほど落ち着いていました。

そして二人で居酒屋へ。

病気の話もしました。

仕事の話もしました。

いつも通りの父と息子の時間でした。

不安はあったはずです。

それでも平常心でいようとしていたのかもしれません。


手術当日

入院当日。

二人でバスに乗り埼玉病院へ向かいました。

医師から手術内容の説明を受けます。

そして同意書へ署名。

いよいよ手術の時間です。

手術室へ向かう裕太が振り返って言いました。

「行って来るね」

私は、

「頑張れ」

とだけ伝えました。

保育器の中で頑張っていたあの日と同じ気持ちでした。


無事成功

しばらくして執刀医の先生が来られました。

「無事に終わりました」

その言葉を聞いた瞬間、肩の力が抜けました。

そして先生から、

「お父さん、摘出した睾丸を見ますか?」

と聞かれました。

私は反射的に、

「はい」

と答えていました。

親として、現実を受け止めたかったのかもしれません。


初めて伝えた事実

手術後。

私は裕太に、これまで話していなかったことを伝えました。

生まれた頃、裕太は停留精巣でした。

睾丸が正常な位置まで降りてこなかったため、ホルモン療法や手術を受けています。

その時に医師から、

「将来的に睾丸がんのリスクは高くなります」

という説明を受けていました。

その話をすると、

裕太は少し考えて、

「そういうことか」

と一言。

驚くほどあっさりしていました。

私は思いました。

この子は本当に強い。

強すぎるくらい強いと。


手術後の日々

仕事の都合で遅れて妻も合流しました。

元気な裕太の顔を見て、ようやく安心できたようでした。

男の一人暮らしです。

妻と二人でアパートの大掃除もしました。

そして退院後は裕太のアパートでしばらく一緒に過ごしました。

私は飛行機代を少しでも安くするため早割で帰りを予約していました。

その間、

二人で池袋へ映画を見に行ったり、

ラーメンを食べたり、

久しぶりに父と息子の時間を過ごしました。

今思えば、病気がくれた大切な時間だったのかもしれません。


そして5年後

先月、家族LINEに裕太からメッセージが届きました。

「埼玉病院に通院してるけど、手術してから5年間異常なしだった」

そして続けて、

「次回からは年に1回の通院になる」

と。

その文章を見た時、

家族みんながホッとしたと思います。

病気との闘いは終わったわけではありません。

しかし大きな節目を迎えることができました。


今思うこと

1240gで生まれた小さな命。

未熟児網膜症。

弱視。

いじめ。

寄宿舎生活。

大学進学。

社会人。

そして睾丸がん。

何度も試練がありました。

それでも裕太は、そのたびに前を向いて歩いてきました。

親として願うことは一つだけです。

これからも自分らしく笑っていてほしい。

それだけです。


次回予告

病気を乗り越え、仕事にも打ち込む裕太。

そんな息子を見ながら、私はふと考えるようになりました。

「この子は私たちが守ってきたのではない。私たちが支えられてきたのかもしれない」と。

次回、

「最終話 小さな命が教えてくれたこと 〜1240gから始まった家族の物語〜」

裕太と家族が歩んできた人生を振り返ります。

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