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7.82026
第13話 陸上競技との出会い 〜見えなくても挑戦できることがある〜

第13話 陸上競技との出会い 〜見えなくても挑戦できることがある〜
福岡県立盲学校高等部へ進学し、寄宿舎生活を始めた裕太。
親元を離れた生活は不安もあったと思いますが、新しい友達や先生方に支えられながら少しずつ高校生活に慣れていきました。
そんな高校時代に、裕太の人生を大きく変える出会いがありました。
それが、
陸上競技でした。
運動が得意な子ではなかった
実は裕太は、子どもの頃からスポーツ万能なタイプではありませんでした。
視力の関係で球技は苦手でした。
飛んでくるボールの位置が分かりにくい。
遠くの動きが見えにくい。
サッカーや野球、バスケットボールなどはどうしても不利になります。
小学校の頃から先生方にも、
「無理をしないように」
と言われていました。
だから親としても、運動の世界に進むとは思っていませんでした。
「やってみないか?」
きっかけは先生からの一言だったそうです。
「陸上をやってみないか?」
走ることならボールを追う必要はありません。
自分自身との勝負です。
もちろん弱視であることに変わりはありませんが、工夫しながら挑戦できる競技でした。
最初は軽い気持ちだったのかもしれません。
しかし裕太は少しずつ陸上に興味を持つようになりました。
初めての練習
練習は決して楽ではありません。
走る。
また走る。
そして走る。
地道な積み重ねです。
寄宿舎生活を送りながらの練習は大変だったと思います。
それでも弱音を吐くことはほとんどありませんでした。
もともと裕太は、黙って努力するタイプでしたから。
仲間とともに
陸上競技を通じて、多くの仲間とも出会いました。
同じ目標に向かって努力する仲間たち。
お互いに励まし合いながら練習を重ねる日々。
競技そのものだけでなく、人とのつながりも大きな財産になったと思います。
初めての大会
そして迎えた初めての大会。
親としては心配でした。
ちゃんと走れるだろうか。
緊張していないだろうか。
しかし、そんな心配は不要でした。
スタートラインに立つ裕太の姿は、とても堂々としていました。
小さな頃、保育器の中で生きるために頑張っていたあの子が、
今は自分の意思でスタートラインに立っている。
そう思うと胸が熱くなりました。
結果より大切なもの
大会の結果だけを見れば、最初から上位に入れたわけではありません。
しかし、私たち家族にとっては順位以上に価値のあるものでした。
挑戦したこと。
最後まで走り切ったこと。
そして、
「自分にもできる」
という自信を持てたことです。
それが何より大きな収穫だったと思います。
陸上が教えてくれたこと
陸上競技は裕太に多くのことを教えてくれました。
努力すること。
継続すること。
諦めないこと。
そして、自分の可能性を自分で決めつけないこと。
弱視だから無理。
そんな考え方ではなく、
どうすればできるのかを考える。
それは盲学校で学んだこととも重なっていました。
親として感じた成長
高校に入ってからの裕太は、ますますたくましくなっていきました。
寄宿舎生活。
勉強。
友人関係。
そして陸上競技。
一つひとつの経験が人としての成長につながっていたように思います。
親としては嬉しい反面、
少しずつ手が離れていく寂しさもありました。
次回予告
陸上競技との出会いによって自信をつけていった裕太。
しかし高校生活で彼の将来を大きく変えたものは、もう一つありました。
それがパソコンとの出会いです。
次回、
「第14話 見えないからこそ身につけたパソコン技術 〜将来への扉が開いた日〜」
筑波技術大学、そして社会人への道につながる大切な出会いについてお話しします。
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