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7.92026
第12話 40代後半、突然の単身赴任 〜家族のために選んだ決断〜

じゅん坊の人生シリーズ 第12話
40代後半、突然の単身赴任 〜家族のために選んだ決断〜
人生には仕事の決断と家族の決断が重なる時があります。
私にとって40代後半は、まさにそんな時期でした。
大分県で仕事をしながら家族4人で暮らしていた頃のことです。
ある日、女房の実家から話がありました。
「福岡に帰ってきてほしい。」
子供たちの成長を考えると、その気持ちはよく分かりました。
しかし、その決断は簡単なものではありませんでした。
子供たちの将来を考える
当時、息子の裕太は進学の時期を迎えていました。
福岡県立盲学校への進学。
寄宿舎での生活が始まります。
娘の彩音も多感な時期でした。
祖父母の近くで生活できる環境は安心材料でもありました。
親として何が一番良い選択なのか。
何度も家族で話し合いました。
家族が離れて暮らすという選択
最終的に出した結論は、
家族それぞれが別々の場所で生活するというものでした。
裕太は福岡県立盲学校の寄宿舎へ。
女房と彩音は福岡の実家近くへ。
そして私は仕事の都合で大分県に残る。
単身赴任です。
正直、悩みました。
家族は一緒に暮らすものだと思っていました。
しかし親として考えた時、
自分の都合ではなく、
子供たちの環境を優先するべきだと思ったのです。
プレイングマネージャーは続く
家族が福岡へ戻ったからといって、
仕事が楽になるわけではありませんでした。
むしろ担当店舗は増えました。
新たに別府店も担当することになり、
担当店舗は合計7店舗。
相変わらずプレイングマネージャーとして走り回る毎日です。
現場支援。
売上管理。
スタッフ育成。
出張の日々。
忙しさは変わりませんでした。
久しぶりの一人暮らし
久しぶりの一人暮らし。
自然食品店に勤めていたので食材には困りません。
体に良い食品はたくさんあります。
しかし問題が一つありました。
料理が苦手だったのです(笑)
パン作りは得意です。
職人時代からやっていましたから。
ところが料理は別でした。
焼くのは得意でも作るのは苦手。
今思うと不思議な話です。
結局、簡単な料理を覚えながら何とか生活していました。
貧乏暇なしの日々
とは言え、一人暮らしを満喫する暇もありません。
出張は相変わらず多く、
気付けば車で移動。
気付けば店舗巡回。
気付けばホテル。
そんな毎日でした。
昔からよく言いますが、
「貧乏暇なし」
まさにその言葉通りだったと思います(笑)
懐かしのホーバークラフト
当時の思い出の一つが大分空港です。
今とは違い、大分空港へ向かう際に利用したことがあるのがホーバークラフトでした。
見た目は大きなゴムボートのような乗り物。
ものすごい音を立てながら海の上を走ります。
水陸両用の不思議な乗り物でした。
とにかくうるさい(笑)
でも速い。
そしてなぜか楽しい。
今思えばあれも良い思い出です。
ブラジル研修へ出発した時も、大分から旅立ちました。
あの頃の景色を今でも覚えています。
家族のための決断
単身赴任は寂しくないと言えば嘘になります。
しかし子供たちが成長し、
それぞれの道を歩き始める姿を見ると、
あの時の決断は間違っていなかったと思います。
親の役目は、
子供たちが羽ばたくための環境を整えること。
そのためなら多少の苦労は仕方ありません。
そう思いながら仕事に励んでいました。
あとがき
人生には、
仕事を優先するか、
家族を優先するか、
悩む場面があります。
私の場合は、
家族を優先するために単身赴任を選びました。
決して楽な選択ではありませんでした。
しかし振り返ると、
あの決断があったからこそ今の家族があります。
父親として正解だったかは分かりません。
それでも、
あの時の自分は子供たちの未来を一番に考えていた。
それだけは胸を張って言えます。
次回予告
第13話 息子の旅立ち、娘の成長 〜離れて暮らして気づいた家族の絆〜
寄宿舎生活が始まった裕太。
思春期を迎えた彩音。
離れて暮らすからこそ見えてきた家族の絆についてお話しします。
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