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7.62026
第12話 寄宿舎への旅立ち 〜親離れと子離れの第一歩〜

第12話 寄宿舎への旅立ち 〜親離れと子離れの第一歩〜
大分県立盲学校での3年間は、裕太にとっても私たち家族にとっても大きな成長の時間でした。
友達との出会い。
先生方との出会い。
そして、自分で考え行動する力を少しずつ身につけていきました。
そんな中学校生活も終わりを迎え、次はいよいよ高校進学です。
福岡県立盲学校高等部へ
裕太が選んだ進学先は、福岡県立盲学校高等部でした。
普通科の情報コース。
パソコンを使った学習ができる学科です。
当時から裕太は機械やパソコンに興味を持っていました。
親としても、
「将来につながる勉強ができるかもしれない」
という期待がありました。
しかし進学には一つ大きな問題がありました。
寄宿舎生活という選択
福岡県立盲学校へ通うためには、寄宿舎に入る必要がありました。
つまり親元を離れるということです。
今まで家族一緒に暮らしてきた裕太。
本当に大丈夫だろうか。
正直、不安の方が大きかったと思います。
しかし本人は意外にも前向きでした。
新しい学校。
新しい友達。
新しい生活。
期待の方が大きかったのかもしれません。
荷物を積み込んだ日
入学前日。
家族総出で荷物を車に積み込みました。
当時乗っていた日産セレナいっぱいの荷物です。
布団。
衣類。
勉強道具。
生活用品。
まるで引っ越しのようでした。
車の中では誰も明るく振る舞っていましたが、
それぞれに複雑な思いがあったと思います。
寄宿舎での第一歩
福岡県立盲学校に到着すると、先輩たちや先生方が迎えてくださいました。
寄宿舎の説明を受け、部屋を確認し、荷物を整理する。
親の方は落ち着きません。
しかし裕太本人は意外なほど自然でした。
むしろ、
「早く新しい生活を始めたい」
そんな表情にも見えました。
帰りの車の中
荷物の整理が終わり、いよいよ帰る時間。
「頑張れよ」
そう言って手を振りました。
裕太も笑顔で手を振り返していました。
ところが車に乗り込んで学校を離れた瞬間、
急に寂しさが込み上げてきました。
毎日当たり前にいた息子が家にいない。
親として初めて経験する感覚でした。
子離れできないのは親の方
よく「子どもが親離れできない」と言います。
しかし実際は違いました。
子どもの方がずっとたくましい。
子離れできないのは親の方だったのです。
本人は新しい世界へ向かって歩き始めています。
それなのに親だけが振り返っている。
そんな気持ちでした。
新しい仲間たち
寄宿舎生活が始まると、裕太は全国から集まった仲間たちと生活を共にするようになりました。
勉強だけではありません。
洗濯。
掃除。
身の回りの管理。
今まで家族が手伝っていたことを、自分でやらなければなりません。
それが結果的に大きな成長につながっていきました。
日曜日が待ち遠しかった
高校時代、裕太は毎週日曜日になると家へ帰ってきました。
私も出張がなければ帰宅し、家族全員がそろいます。
たった数日ぶりなのに、
「おかえり」
と言える時間がとても嬉しかったことを覚えています。
そして日曜日の夜になると、
また寄宿舎へ戻っていく。
その繰り返しでした。
振り返って思うこと
あの時、寄宿舎生活を選んで本当に良かったと思っています。
親元を離れたことで学べたこと。
仲間たちとの出会い。
自立する力。
どれも将来の大きな財産になりました。
親としては寂しかったですが、
子どもの成長に必要な時間だったのでしょう。
次回予告
高校生活が始まった裕太。
そこで出会ったのは、人生を大きく変える新たな挑戦でした。
それが「陸上競技」です。
次回、
「第13話 陸上競技との出会い 〜見えなくても挑戦できることがある〜」
高校時代に始まった新しい挑戦についてお話しします。
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