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第23話 退院祝いはスシロー〜病室から眺めていたお寿司屋さん〜

母と二人の小さな退院祝い

母が入居していた部屋は、施設の3階にありました。

この施設は要支援1・2の方を対象としていて、エレベーターを使って自力で1階の食堂まで行き、自分で食事ができることが入居を続けるための条件でした。

母はそんな環境の中でも、いつも気丈に振る舞っていました。

朝食、昼食、夕食。

一日3回、自分で部屋を出てエレベーターに乗り、1階の食堂まで降りていきます。

施設のスタッフの方が感心するほど、

「自分でできることは自分でする。」

そんな母でした。

ケアマネジャーとの打ち合わせにも一緒に参加し、自分の希望は自分の言葉できちんと伝えていました。

そんな生活を続ける中、毎月の定期検診で肝機能の数値に変化が見られました。

詳しく調べるために検査を受けたところ、胆管の別の場所にも詰まりが見つかりました。

再び入院です。

そして、内視鏡によるステント挿入の処置を受けることになりました。

母にとって一番つらかったのは、治療そのものよりも絶食だったのかもしれません。

何より食べることが大好きだった母。

食事ができず、点滴だけで過ごす時間は本当につらそうでした。

処置当日、私はどうしても仕事を休むことができず、立ち会うことができませんでした。

主治医の先生から電話で状況を詳しく説明していただき、処置は無事終了。

その後の経過も順調でした。

そして、待ちに待った退院の日。

私が病院まで母を迎えに行きました。

車に乗る前に聞きました。

「何が食べたい?」

母は迷うことなく即答。

「寿司!」

実は病院の斜め前には、スシローがありました。

入院中、母は病室からそのスシローを眺めていたようです。

「退院したら寿司を食べたい。」

きっと、ずっとそう思っていたのでしょう。

それなら行くしかありません。

退院したその足で、母と二人でスシローへ。

好きなお寿司を美味しそうに食べる母を見ながら、私もホッとしました。

豪華なお祝いではありません。

でも、私にとって忘れることのできない、

母と二人だけの退院祝い。

今振り返れば、こうして病院の帰りに二人で食事をした何気ない時間こそ、かけがえのない親孝行の時間だったのだと思います。


次回予告

第24話
進行が遅い
〜医師も驚いた生命力〜

余命の話をされてからも、自分の足で歩き、自分で食べ、毎日を過ごしてきた母。

主治医の先生も驚くほど、母は頑張り続けました。

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