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10.132026
第23話 退院祝いはスシロー〜病室から眺めていたお寿司屋さん〜

母と二人の小さな退院祝い
母が入居していた部屋は、施設の3階にありました。
この施設は要支援1・2の方を対象としていて、エレベーターを使って自力で1階の食堂まで行き、自分で食事ができることが入居を続けるための条件でした。
母はそんな環境の中でも、いつも気丈に振る舞っていました。
朝食、昼食、夕食。
一日3回、自分で部屋を出てエレベーターに乗り、1階の食堂まで降りていきます。
施設のスタッフの方が感心するほど、
「自分でできることは自分でする。」
そんな母でした。
ケアマネジャーとの打ち合わせにも一緒に参加し、自分の希望は自分の言葉できちんと伝えていました。
そんな生活を続ける中、毎月の定期検診で肝機能の数値に変化が見られました。
詳しく調べるために検査を受けたところ、胆管の別の場所にも詰まりが見つかりました。
再び入院です。
そして、内視鏡によるステント挿入の処置を受けることになりました。
母にとって一番つらかったのは、治療そのものよりも絶食だったのかもしれません。
何より食べることが大好きだった母。
食事ができず、点滴だけで過ごす時間は本当につらそうでした。
処置当日、私はどうしても仕事を休むことができず、立ち会うことができませんでした。
主治医の先生から電話で状況を詳しく説明していただき、処置は無事終了。
その後の経過も順調でした。
そして、待ちに待った退院の日。
私が病院まで母を迎えに行きました。
車に乗る前に聞きました。
「何が食べたい?」
母は迷うことなく即答。
「寿司!」
実は病院の斜め前には、スシローがありました。
入院中、母は病室からそのスシローを眺めていたようです。
「退院したら寿司を食べたい。」
きっと、ずっとそう思っていたのでしょう。
それなら行くしかありません。
退院したその足で、母と二人でスシローへ。
好きなお寿司を美味しそうに食べる母を見ながら、私もホッとしました。
豪華なお祝いではありません。
でも、私にとって忘れることのできない、
母と二人だけの退院祝い。
今振り返れば、こうして病院の帰りに二人で食事をした何気ない時間こそ、かけがえのない親孝行の時間だったのだと思います。
次回予告
第24話
進行が遅い
〜医師も驚いた生命力〜
余命の話をされてからも、自分の足で歩き、自分で食べ、毎日を過ごしてきた母。
主治医の先生も驚くほど、母は頑張り続けました。
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