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第28話 毎週日曜日は母の日〜病院・買い物・会話・筆談〜

毎週一緒にご飯を食べる。それが私の親孝行でした

母に残された時間が、決して長くないことは分かっていました。

だから私は、自分にできる親孝行を考えました。

何か特別なことをする必要はない。

毎週日曜日、母と一緒に昼ご飯を食べよう。

そう決めました。

日曜日が近づくと母に聞きます。

「今度は何を買ってこようか?」

すると母から返ってくるリクエストは、

「浜勝がいい。」

「スシロー。」

「焼き鳥もいいね。」

「ステーキが食べたい。」

相変わらず食欲旺盛です(笑)

私は母が食べたいものを買って施設へ向かい、毎週、母と向かい合って昼ご飯を食べました。

二人で食べれば、自然と会話も弾みます。

昔の話。

家族の話。

施設であった出来事。

そして、そのうち母の愚痴も始まります(笑)

ひと通り話した後、母は自分で笑いながら言いました。

「あんたも、ここまで来て愚痴ばっかり聞かされたらたまらんね。」

「ほんとやね〜。」

そんなことを言いながら、また二人で笑う。

耳がだんだん遠くなってからは、会話がうまく伝わらないことも増えてきました。

そんな時は、紙に大きな文字を書いて母に見せます。

筆談です。

話すことが難しくなっても、伝える方法はあります。

私が書いた文字を読んで、母が答える。

それだけでも十分でした。

毎週日曜日。

一緒にご飯を食べて、話をして、愚痴を聞いて、時には筆談をする。

そんな日々が、1年近く続きました。

今振り返ると、何でもないような時間です。

でも私にとっては、その何でもない日曜日こそが、母にしてあげられた大切な親孝行だったと思います。


しかし、母の体は少しずつ弱っていきました。

耳もさらに遠くなり、検査では肝機能の数値も悪化。

再び入院することになりました。

そして検査の結果、胆管はほとんど塞がっていることが分かりました。

これまで何度もステントを入れ、そのたびに施設へ戻ってきた母。

しかし、病気は確実に進んでいました。

そんな中、母が望んだことがあります。

「最後は病院じゃなくて、施設に帰りたい。」

長い間、病院と施設を行ったり来たりしてきた母が、自分で選んだ場所。

大きなテレビがあって、朝ドラを楽しみにして、スタッフの皆さんにも可愛がってもらった場所。

母にとって、そこはもう単なる「施設」ではありませんでした。

自分の家だったのだと思います。

私たち家族も、母のその気持ちを大切にしたいと思いました。


次回予告

第29話
87歳の誕生日
〜ピザとケーキで祝った最後の誕生日〜

食べることが大好きだった母。

87歳の誕生日も、家族で食卓を囲みました。

ピザとケーキを前にした母の笑顔。

それが、家族みんなで祝う最後の誕生日になりました。

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